天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


     12



来週の頭に七夕を控えた、七月初めの立川某所。
平日で、しかもまだ昼下がりだとはいえ、
それなりに人の行き来もあるJR駅前の大通りにて、
ちょっとした騒ぎが これありて。

  さてさて、どこからお話しすれば良いものか。

随分と混沌としていた中、一気に事態が動いたものだから、
事情が半分ずつだったりまるで分かってなかったりする人もいて、
どうにもややこしいたらないのですが。
まずは、取り残されてしまった格好の
イエスの側がどうしたのかまでを逆上ってみましょうか。



突然現れたそのまま、
何物かに攫われたブッダなのを
すぐに追いましょうと言ってくれた見ず知らずのお嬢さんは。
そちらも こちらのやりとりを遠目から見ていて
何故だか慌てて駆けつけたらしい、
自転車付きという身の竜二さんの背中を叩くと、

 「あのダークシルバーのボックスカーを
  このまま追ってくださいっ。」
 「ああ"?」
 「急いでっ!」

お前なんぞに指図される謂れはないわいとかどうとか、
もはや反射で ゴロを巻きかかった兄ィからの、
堂に入った威嚇のうなり声も何のその。
華奢な身の側線へ降ろした格好で
力んでのことぐんと突っ張っていた腕の先。
小さなこぶしを握りしめ、
ぴんと張った声を出したお嬢さん。
先程からも そうだが、
なかなかに腹に力の籠もった言いようをなさるので、
さしもの恐持て、極道の人なはずの竜二でさえ、

 「あ、おお・おう。」

逆らい切れずに自転車のペダルを踏み込んで、
指示された通り、大通りへと駆け出してってしまったほどで。

 「もしかせずとも、
  君はブッダが攫われることへの予測もあったの?」

だから、忠告しなきゃと私を見つけようとしていたの?と、
現に力になってくれそうな言動なのへ さっそく気を許し、
そうと訊いていたイエスだったのへ、

 「そうだとも言えますし、そうではないとも。」

歯痒そうに周囲を見回し、
再びバッグに手を伸ばすと中からスマホを取り出しながら、

 「お二人へ危険が迫っていると判っておりましたので、
  何としてでも 彼らより先に見つけなければと。」

危険という言葉に、イエスがゾッとする。
気持ちの問題だけではなくて、

 “…あ。”

みぞおち辺りに、ドキッとするほど冷たい感触がして。
何だ何だとシャツの上から押さえれば、
覚えがないではないもの、いつもそこにあるものには違いなかったけれど、

 “指輪?”

二人の想いをいろいろな格好で伝えたり仄めかしたり、
不思議な現象を届けてくれてるあの指輪。
それが随分と冷たくなっていて、

 “なんで…。”

身につけていることにもすっかり慣れたか、
何でもない折ならば あまり意識もしない。
自分の肌へと常に触れているもの故に、
その感触も同じくらいの温度に温められているからで。
それがたまにほんのり温まったりするものだから
“不思議だねぇvv”とブッダとお顔を見合わせていたはずが、
今は不意にひやりと冷たくなっていて。

 “いやだよ、まさか…。”

まさかまさか、ブッダが怖い目に遭っているのかも、
我慢強い人だから、悲鳴も上げずに耐えているのかも知れぬ。
だって、冷たいって感触は不吉以外の何物でもないじゃない、と。
思ったそのまま居たたまれなくなり、
後を追わせた竜二さんの自転車がまだ見えてる方向目がけ、

 「   …………ぶっだ〜〜〜っ、どこ〜っ!!」

お願い答えて、返事してと、
迷子が母親を探すような勢いで、
口を衝いて大きな声が出てしまっていて。
早くお顔を見せて、無事だよと安心させて、
半ば念じるように叫んだところ。
まずは周囲に居合わせた人たちが
ぎょっとしたり、何だこの人と怪訝そうな顔になったりしたけれど、

 「あれ…。」
 「何かあった?」

ほんの一呼吸ほどの間をおいて、
そんな人の輪の外側、向こう側に当たる方向から、
まるで呼応するかのように別のざわめきがやって来た。

 「あ…。」

それが何かを見定める間ももどかしいとばかり、
夢遊病者のようなお顔をしたまま、
その場から ふらりあたふた駆け出したイエスを追って。
足元に落っことされた和菓子屋さんの紙袋を手に、
謎のお嬢さんも後へと続く。

  彼らが駆けつけんとした先、
  不思議なオーラが どんっと立ちのぼった一角では

交差点を少しほど進んだ辺りで不意に停車し、
そこから よたよたっと舗道側へ車体を寄せた、
何とも怪しいボックスカーが一台あって。
周囲の人々がぎょっとしたほどの、
ドガンという何か重々しい音を立ててから、
まずは側面のスライドドアが内からの激しい圧力に徐々に膨らみ始め。
やがて限界値に達したものか めきょっと足元側の下部が外へはじけると、
そのまま炙ったイカのように反り返って、
天井の上へまで翼のごとくめくれ上がった様相は
いっそ素晴らしいほど(?)凄まじく。
カモメの翼みたいにそういう開閉をする
“ガルウィング”と呼ばれるドアもあるそうだが、
こちらは当然そういう仕様ではなかったらしいため、
どれほどとんでもないことが起きたかはある意味明白。
とんでもないことだという意識がなかったのは、
そうなるようにと取り計らった当事者くらいのものであり、

 「…あ、ブッダの兄貴っ。」

ひょこりと後部座席から顔を覗かせた人を見て、
腰を浮かす“立ちこぎ”になりつつ
自転車を懸命に漕いで追ってくれていた竜二さんが、
まずはホッとしたように声をかけ。
それへ気づいて にこりと微笑った螺髪のお兄さんが、

 「…っ。///////」

更にお顔をほころばせたのは、
そんな彼の傍ら、舗道の方を
ぜいぜいぜいと肩で息をしつつも、
頑張って駆けつけて来たお人に気がついたから。

 「イエス。」
 「あ、ぶっだぁ〜。」

人だかりになりかかりの人垣を何とか通り抜け、

 「ブッダ、怖かったでしょう?
  大丈夫だった?」

どっちが救世主なんだか、
車から降り立って戻ってくる人へ、
救いを求めるように手を伸ばす茨の冠の君なのへ、

 「呼んでくれたでしょ?」

含羞み半分、ほこりと微笑った笑顔付き、
支えるように両腕を伸ばした釈迦如来様で。
そんな感動の再会の傍らでは、

 「本当にもうもうもうっ!
  あなたたち、なんて乱暴なことをしたのっ!」

ひしと支え合う感動のひとときを堪能中、
ただし 最後に一緒だったのは、ほんの数分前なんだけどね という
相変わらずなお二人の傍らを、颯爽と通り過ぎた人影が、
そのままの冴えた勢いを反動に、
車内に居残っていた顔触れを目がけ、ぴしゃりと怒鳴りつけていて。

 「大御所からの お連れしろとのお達しでしたし」

 「だからって無理からなんて言語道断でしょうがっ」

 「髪の毛一本だって傷つけちゃなんねぇというところは、
  ちゃんと肝に命じておりやした。」

 「気を遣ったって言うのなら、
  どうして私やツタさんの目からも隠れて行動していたのかしら」

 「それは、あのその、
  お嬢さんに手際よく探されちゃあ立場がないと…。」

 「何ですってっっ?!」

 「げげげ、現にこうまで紙一重で追いつかれたんですし。」

 「泣きそうな顔しないっ
  まるで私が鬼みたいではありませんかっ。」

なんて心外なと、
そこも腹立たしいような言いようをなさったお嬢さんではあったれど。

 “みたい、というか…。”

大柄でなかなかに恐持てだった男衆二人が、
そうだったと この顔触れの中では唯一覚えているブッダでさえ
“あれれ、別人か?”と思ったほど、
すっかりと様変わりし、その身を小さく縮めて相対している辺り。
この対峙における強者弱者の構図を見る限りでは、

  鬼みたいに怖がられているお嬢さんなのには違いなく。

その点へは此処に居合わせた皆さんで同意だったか、
いやいやいやと視線でツッコミを入れたそうな顔が
そこにもここにも見受けられたほど。
年齢的な矛盾があるとはいえ、
叱る側と叱られてる側の態度が こうもはっきりしている以上、
それが彼らには正しい上下関係ではあるようで。
騒ぎとしては一件落着かなと、
巻き込まれた格好の二人が、
安堵の意も込め、ほおと深い溜息をつき、

 「ごめんね、ブッダ
  怪しい視線に気づいてたことを
  前以て話しておけば、キミも警戒出来たのに。」

攫われかかった大事な人の手をなかなか離し難いらしいイエスが、
自分もまた愛する人をこんな目に遭わせた罪人の一人だと言いたげに、
玻璃の双眸を伏して言い出し、

 「え? あのお嬢さんじゃなくて?」
 「…うん。///////」

 あのねあのね、
 てっきりキミの崇拝者の人が、
 キミを見守りつつ私に落ち度がないかって観察してると思ってて。//////

ちょっぴり見栄のような、
それでいて自信がないからこその案じのような想いがあったので。
気がついたそのまま告げられなかった卑屈さを、
項垂れもって告白するイエスだったのへ、

 「いえす…。///////」

あああ、車内でちょっぴり案じてたその通りだったなんてと、
いつまでもそんな純真さで想ってくれている人なのへ、
感動しきりのブッダだったが、

 「で、竜二さんが居合わせたのはどういう偶然なの?」

そういや、謎の少女が尋ね人している話が出たおりも、
商店街にたまたま居合わせたしねと。
暗に、二度も続くと偶然とは良いがたいという含みが
ないではない訊きようをするブッダだったのへ、

 「いやあのその、」

それでなくとも、彼にしてみりゃ微妙な立場。
とっくに気づいてた異変だったのに、
出来れば黙っておこうと構えてて。
なのに、水面下での動きも空しく重大事が起きてしまうわ、
選りにも選ってそんな現場に居合わせるわと来ては、
イエスと同じようなもの、
黙ってたのが後ろめたいことのよな気がしもしたのだろうけれど。

 『それでも…何で黙ってたんでしょう。』
 『忠告しては怖がると思ったのかなぁ。』

どこかの二代目だと思われてるはずなのにねぇと、
ちょっと矛盾してないかなんて思ったらしい二人へは。
後日に梵天さんが、

 『そりゃあ、あれでしょう。
  あなたがたが自分たちへまで気を遣って
  どこか遠くへ去ってしまうかも知れないと思うと
  何とも寂しかったからじゃないんですか。』

なので、もしかして極道関係の騒動に巻き込まれかけているのなら、
お二人には気づかせないまま、
身を張ってでも解決出来ればと見守ってたんじゃなかろかと。
さすが、妥当なところを説いて下さることとなるのだが、
今はそれもさておいて。

 「いやあの、実はですね…。」

何をどう、どこから話した方がいいものか。
ちょいと複雑な事情、複雑にしたことへも加担している身としては、
またもや挙動不審な様子へ立ち戻りかかったものの、

 「あ、いやいや。
  決して責めているというのではなくてですねっ。」

困らせるつもりはなくてと、
ブッダとイエスまでもが慌ててしまい、執り成しかけているところへ、

 「お取り込み中のところを失礼します。」

そんなお声が掛けられて。
幼く聞こえるほど若々しい少女の声に、
ああさっきのと安堵しつつ、
何でしょかと何て警戒もせぬまま顔を向けたこちらの三人だったれど、

  “……え?”× 3

それは清楚な装いをした、華奢で小柄で女子高生くらいの年頃の、
先程の あのお嬢さんが、
こちらを向いて立っておられたのには違いない。
ただ、そんな彼女の少し後方に、
この蒸し暑い中だというに、
ぴしっとネクタイ付きのスーツ姿で武装した男の人が二人ほど、
お顔もきりりと冴えさせて、立っておられた威圧感ったらなくて。

 「えっと?」
 「あの…。」

この威圧感には覚えも馴染みもなくはない。
それが証拠に、
自分たちへの説明へは しどもど仕掛かってたはずの竜二さんが、
いつの間にやら、自分たちよりやや前に立ち、

 「このお人らに一体何の用ですかい。」

空威張りではなくの重々しいそれ、
鋭く尖らせた眼光も冷ややかに、
心持ち斜に構えたまま
向かい合う格好の三人へ堂々と威嚇を向けておいでで。

 “ひぃええ、まさかそっちの筋のお話だったの?”

今頃 気づいたブッダとイエスが、竦み上がるほどドキドキしかかり。
しかもそんな態度への真っ当な反応、
向こうさんの男衆らがやや緊張の度合いを高めたけれど、

 「さんざんに勝手をされて
  ご気分を害されたお気持ち、判ります。」

凛と張ったお声も涼やかに、
直接向かい合っているお嬢さんがそうと言い出し、
その毅然とした態度が制した格好になったのか、
向こう陣営のお兄さんたちも、敵意めいた気配をあっと言う間に引っ込めて。

 「見たところ、そちら様には
  先んじて この二人の詮索の気配も届いていたようですね。
  そこも含めれば、
  そちら様にもご迷惑をお掛けしたことになりましょう。」

ここで彼女が言う“そちら様”とは、竜二さんのことであるらしく。

 《 あれれ? じゃあ、
   極道さん同士の衝突の話じゃなくて、
   やっぱり私たちが直接関係してることなのかな。》

 《 やっぱりって何よそれ。》

 《 だって、私を引っ張り込んだ人たち、
   キミは連れてかなくていいのかって言いようもしていたもの。》

あんな事態で、しかも呆然としていたはずなのに、
周囲の、特に間近で交わされていたやり取りは
ちゃんと拾っていらした如来様だったのは、
周到さとか何とかいう巧知さあってのというよりも、
記憶力や状況把握という聡明さの尋の奥深さからというところかと。

 ともあれ

このお嬢さんはやっぱり
竜二さんと同じ世界に籍を置く人であるらしく。
でもでも、私たちは“巻き込まれた”のではなくて、
自分たちこそが対象となってた騒ぎみたいだねと。
そんなこんなを
この短いやり取りから早くも察してしまわれたらしい辺り、
ブッダ様も十分落ち着いてしまわれたようで。

 「???」

結果として、唯一 事情が判らないままのイエスがキョトンとする中、
ドアが大きに破損してもはや乗り回せなくなった車の代車だろう、
大きめ黒塗りの がっつりしたベンツが2台ほど、
音もなくというなめらかな運転にて、現場へ到着したのであった。







      お題 1 『ただいまおかえり』



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  *何だか話がまとまりません。
   おかしいなぁ。もうゴールは見えてたはずなのになぁ。
   騒ぎの真相、後半でこそご説明致しますね。

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